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■『戦旗』1673号(2月5日)6面 改悪教育基本法の実働化弾劾! 闘う教職員と連帯し改憲阻止を闘おう 二〇〇六年に教育基本法が改悪されてから一九年が経過した。教育現場では改悪教育基本法の実働化が進行している。教育の基本理念に「愛国心」を挿入した改悪教育基本法は、まさに具体的な教育政策として実体化しているのだ。それはこれまでの教育の在り方まで変えようとする攻撃である。「資質・能力」「観点別評価」という概念を教育現場に導入し、「学習評価」を国家的基準で統一しようとしている。まさに日本の教育制度、学校教育は国家イデオロギーの思想注入機関として完成させられようとしている。 しかしながら、こうした現状においても「子どもを戦場に送るな」というかつての日教組の思想を継承し、反戦・平和教育を模索する教職員がいる。「日の丸・君が代」の強制に反対する教職員や市民・労働者・学生がいる。われわれはこうした闘いを貫く人々と連帯し、国家主義的教育の強制と闘っていかなければならない。 二月九日、都教委包囲ネットワーク主催で「日の丸・君が代」強制に反対する集会が取り組まれる。われわれは、教育の国家支配と戦争・改憲に反対するこの集会を断固支持する。闘う教職員とともに反戦・反改憲の運動を前進させよう。 ●二〇一八年度新学習指導要領 二〇〇六年の教育基本法改悪を前後して教育の在り方は制度政策的に変わってきた。もっとも大きな変化は学習指導要領の内容的変化である。二〇一八年度の指導要領に「学習評価」という概念が導入されるようになった。 これまで学習指導要領の中身に関して現場教職員はほとんど無視してきた。現場教職員には教育の中身を司っているのは自分たちだという自負がある。所詮、学習指導要領は官僚的行政文書だという感覚を根拠とした否定的態度表明でもあった。 また「学習の評価」なる領域は各学校単位が携わる領域であり、少なくとも国家的規模の全国一律の基準はなかった。五段階評価にしろ他の評価方法にしろ、その中身は各クラス単位ごとの成績評価であり、いわば「学習評価」は学校単位の位置づけしかなかった。実際、教育環境や地域差で学習の中身にバラつきがでるのは当然である。それを全国一律に評価するなどと考える方が無理なのだ。 しかし教育基本法改悪後の二〇一〇年、文科省から「小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校等における児童生徒の学習評価及び指導要録の改善について・通知」がだされた。ここで初めて「学習評価」という文言を挿入した国家指導の文書が登場してきたのである。 これを受けて二〇一八年度の指導要領には「学習評価」が導入された。学習指導要領における「学習評価」概念の導入は、指導要領を単なる行政文書として教育編成を云々する文書という性格から、国家権力としての文科省が教育内容に積極的に関与する文書になるこということだった。 ●二〇一八年度新学習指導要領の問題点 二〇一八年度指導要領の問題点は何か。 第一に指導要領に初めて「学習評価」という用語を導入したことである。前述したようにこの導入によって指導要領は教育内容に深く介入する行政指導文書になった。それまでのように現場で無視しても構わない文書ではなくなった。 第二にここで言われている「学習評価」は、文科省―国家権力が定めた「目標」の達成度合いにそって児童・生徒を評価するということである。これは一般的な学力の評価とは別の評価である。 第三にその評価の具体的対象は指導要領で定めた各教科ごとの「資質・能力」の育成である。これが現在行われている「観点別評価」の根拠となる。児童・生徒諸個人の資質や能力を国家権力の基準で評価するということである。 第四にこの評価内容は「生徒の学習の成果」とし円滑な「接続」を目指すとされている点である。より具体的に言えば、この評価は進学先に「接続」されるということであり、小学校から大学まで生徒の「資質」や「能力」の評価が影響を及ぼすということでもある。 そもそも人間の能力や資質などというものは計測することはできない。様々な場面、情況、環境などによっていかようにも変化するものである。「学力」なら確かに計測はできる。テストでの点数が計測基準となるであろう。しかしそれはあくまでも現時点での学力であり、諸個人の能力ましてや資質を判定するものではない。言うまでもなく、能力や資質は客観的に評価できるものではない。 「観点別評価」という概念は、本来は一つの存在である児童・生徒を「観点」にわけて評価するということである。そこには、人間存在というものに対する無理解がある。その前提たる人間観は、日帝国家権力が必要とする人間観でしかない。 すなわち「能力・資質」の評価、「観点別評価」とは国家権力によるあるべき人間像を、教育現場に無理やり導入する攻撃である。それは国家権力が児童・生徒の思想的中身、政治的中身をも規定することを目的としているということである。 ●国家権力に思想統制を許すな 次に、二〇一八年度新学習指導要領の具体的記述を一瞥していく。新学習指導要領を分析するうえで最も特徴的な科目が社会科目である。 「公民科」では教科の目標を、「社会的見方・考え方を働かせ……グローバル化する国際社会に主体的に生きる平和で民主的な国家及び社会の有為な形成者に必要な公民としての資質・能力……の育成」としている。そのための「資質・能力」の内容を①知識の理解・技能、②表現・討論判断、そして、③態度、として位置付けていく。そしてこの「態度」の具体的中身は、「国民主権を担う公民として,自国を愛し,その平和と繁栄を図ること」と書かれている。すなわち「公民科」では「愛国心」が学習の態度として評価対象になる。 ちなみにこの「自国を愛し」という表現は社会科総体―歴史や地理、公民や公共にたるまで社会科目全般に用いられている。ほかにも「多面的・多角的な考察や深い理解を通して涵養される日本国民としての自覚」などという表現も社会科目ほぼ全般に共通している。 また「竹島や北方領土が我が国の固有の領土であることなど、我が国の領域をめぐる問題も取り上げるようにすること。その際、尖閣諸島については我が国の固有の領土であり、領土問題は存在しないことも扱うこと」という表現が、同様に社会科目全般に共通の目標として設定されている。 独島や、択捉島、国後島、色丹島、歯舞群島、また、釣魚諸島を日本の「固有の領土」とするのは誤った一方的な見解である。こうした日帝の主張だけを「正論」とする教育内容が差別・排外主義の底流ともなっていることは明らかであろう。すなわち、教育基本法改悪を前後して、教育内容を日帝のプロパガンダとして機能させようとしているのだ。教育基本法の改悪、「愛国心」教育の実働化を許すな! ●改悪教育基本法の実働化阻止反戦・反改憲を闘おう しかし、こうした現状においても、かつての日教組の精神、「教え子を戦場に送るな」を実践し闘っている教職員が存在する。日教組中央が国家権力に屈服してもなお、闘う教職員組合の旗を防衛しようとする現場教職員が存在する。われわれはこうした教職員と連帯し、日帝の教育支配と闘っていかなければならない。 二月九日、都教委包囲・首都圏ネットワーク主催で「国家の教育支配を許さない! 戦争と改憲に抗し平和実現に向けて何をなすべきか」という集会が開催される。三、四月の「日の丸・君が代」攻防を見据えて、これとの対決を呼びかける。同時に、教職員と元教職員、そして市民・労働者・学生による反戦運動を呼びかける集会である。われわれも本集会に合流してともに闘おう! 闘う教職員と連帯し、改革教育基本法の実働化阻止! 戦争反対! 改憲阻止! を闘おう。 |
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